12 アレンビック金沢蒸留所
静けさの中に感じる食文化が胃袋を刺激してくれる町

心の片隅に残っていた野望食卓を囲む光景を仕事に
海沿いから少し道を逸れたところにある、重そうな赤い扉。静かな港町の中で異彩を放つのが『アレンビック金沢蒸留所』です。普段一般の受け入れはありませんが、地域のイベントでは扉を開けてオープンバーを設置することも。2022年にジンのファーストバッチをリリース後、世界的な品評会で立て続けに最高賞を受賞し、話題に事欠かない大野のホットスポットです。
代表を務めるのは、蒸留家でもある中川俊彦さん。「異色の経歴」とはよく聞く言葉ですが、中川さんの経歴からは、大きな決断の多い道のりであったことが見て取れます。食の世界へ足を踏み入れる時、金沢への移住、ビール醸造からスピリッツ蒸留への軌道修正。そういった場面でいつも根っこにあったのは「食卓を楽しく取り囲む人たちの光景を作り出したい」という想いと、様々な経験値や体験から得た自身の「心地よい」という感覚でした。
洋食のシェフを父に持ち、食の話題ばかりが飛び交うほど食べることが大好きな家庭に生まれた中川さん。自然と食への興味を持ちながらも、一般企業に進み、その想いを抑えていたといいます。きっかけになったのは、勤めていた会社であったリストラでした。「当時は30代後半。声をかけてくれた人もいましたが、長年断ち切れていなかった食の仕事に向き合う時が来たんだと思いました。ずっとモヤモヤを抱えていたので、せっかくゼロベースになったのであれば、すっきりと自分が気持ち良いと思える方向に進みたい」と。

ジンの原料の核となるジュニパーベリー

左から「HACHIBAN GIN」(4,000円) 「HACHIBAN GIN 群青ストレングス」(6,500円)
食欲を湧かせる町で本当に自分が創りたいもの
横浜と横須賀のビール醸造所で独立を前提に修業し、金沢へ。大野に拠点を構えたのは「胃袋を刺激する町だと思った」と中川さん。漁港の近くであり、醤油文化が根強く残る大野。町を歩くと至るところで食欲がわく香りがして、静かでありながら人の営みの気配が漂っていると言います。
ビール醸造所の設立を考え移住しましたが、ビールの既に発展した市場とスピリッツの開拓を比較した上で、本来の目的を見つめ直し、ジン蒸留所へと軌道修正。「自分の理想を追い求めた時に、ジンの方が相性はいいと思い直したんです。クラフトビールは大好きですが、食事と一緒だと重くなる。やはり僕が思い描くのは、食事とお酒が並んだテーブルをわいわい囲んで楽しむ画なんです」。中川さんが造るジンは、食中にロックやソーダ割で楽しめる、飲みごたえのあるジン。それこそが、沸々としていた思いを、絶妙なバランス感覚と挑戦心を通して抽出し、ひと瓶に詰め込んだ中川さんのスピリッツ(魂)なのだと思います。

知識欲の強い中川さん。事務所にはビールやスピリッツの他、ワインやシードル、ノンアルコールドリンクの本も並ぶ。
アレンビック金沢蒸留所
