YORK
今夜も3,000枚の ジャズレコードの前に YORK 店主 奥井 禎子さん

ジャズ史に残る名盤がずらり凛とした笑顔がせせらぎの夜を灯す
せせらぎ通りを一本入った裏通り。昼は若者も行き交う路地ですが、夜になると途端に街の玄人たちがポツポツ歩く程度の静かな通りになります。ピンクとブルーの目を引く看板は、ご存じの方も多いかもしれません。中をうかがいづらい扉を開け薄暗い店内に入ると、たくさんのレコードを背にグラスを拭く女性が一人。ジャズバー『YORK』の店主・奥井禎子さんです。
大阪で生まれ、二十歳前後でジャズに出会ったという奥井さん。「当時はロックやフォークの全盛期。ジャズ喫茶はね、ちょっと理屈っぽい人が行くところだったんですよ」と笑います。スピーカーに耳を傾け、私語は厳禁。その独特な雰囲気に惹かれて通っていたといいます。金沢を旅行で訪れたのもその頃です。旅のついでに立ち寄ったのが、現在の地に移転する前の『YORK片町』。店に立っていたのが、今は亡き夫・進さんでした。
結婚を機に金沢へ移り住み、店を手伝ったり子育てをしたりと忙しい日々を過ごしますが、ジャズはずっと聴き続けていたそうです。「若い頃の聴き始めなんて、ポーズなんですよ。知識なんてないし、背伸びしてかっこつけて聴いていたの。でも今はずっと聴いてきて良かったなと本当に思う」。ジャズを通じてパートナーに出会い、夫の遺した名盤を抱え店に立つと決めた奥井さん。思えば人生の決断の隣にはいつもジャズがあったのだといいます。

壁に飾られた進さんの写真と、スピーカーの前の特等席。

看板に使われているThelonious Monk「The Man I Love」のレコードジャケット。
初代の面影と常連客からの愛が店のそこかしこに残る
店内には多くの歴史が刻まれています。酔っぱらった客の天井の落書きや古いアルバム、そして壁には音の良い特等席に座る先代・進さんの写真。「この店は主人の人柄で今も続いてるんですよ」と奥井さんは、アルバムをめくりながら進さんのことを話してくれました。ジャズ史に沿った名盤が全て揃うコレクションを持つほどの知識量はもちろん、自身でおこなったという店舗の空間デザインや趣味の簡易カメラで撮った写真を見ても、アートセンスが光ります。文化人として多くの人に慕われ、当時からの常連が今でも通っているそうです。
店を訪れる人の中には、この地に移転してきた1984年当時の町を知る人も。まだ「せせらぎ通り」と名のつかぬ頃から町を見てきた奥井さん。「お客さんと昔の話ができるのもこの町にずっといられたから。昔は遅くまで音楽を鳴らすうるさい店だと思われていたと思いますよ」。しかし、それを許容する器の大きさが、この町にはあったということ。それは今町に立ち並ぶ個性派店を見ても変わらないことの一つのようです。

若かりし頃の奥井夫妻と、進さんが撮影した常連客や町の写真。
YORK

店舗情報
- 店名
- YORK
- 住所
- 金沢市香林坊2-12-33
- 電話番号
- 076-262-2612
- 営業時間
- 18:00~23:30
- 定休日
- 日曜